2011年03月13日

独自サーバーを検討しています。

独自ドメインを取得して
独自にブログを展開したいので
DNSサーバーの書き換えに挑戦しようと思っています。

ところが・・・。
サーバーのほうが対応していないとな?
ああ・・。ややこしい。

どうすればいいの???
posted by ka28+ at 22:58| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 知っていたほうがいいよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月27日

桂枝雀サンと言う研究者

桂枝雀
[落語家]昭和の爆笑王と呼ばれ没後尚根強いファンを持つ。
詳しくは Wikipedia
過去に大阪のEXテレビで上岡龍太郎氏とのプログラムで
「緊張の緩和」という理論を解説。笑いを探求した人であった。

この中でまさに「研究」を実践した経緯が語られています。
上方落語を知り尽くし、独自の視点で分類、分析をしています。
単純に「落語のサゲ(落ち)」の分析としても秀逸ですが、この手続きは研究者のそれと同じもので、分かりやすい方法ですよ。

「緊張の緩和理論」
posted by ka28+ at 03:27| 大阪 晴れ| Comment(27) | TrackBack(0) | ケンチクのネタ・ちょっとした話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年01月12日

タモリ倶楽部のちょっとした話

「鉄研が撮った!ミラクルトレイン払い下げ車両が行く!!」
関東では、昨年の12/11に放送したものらしい。
大学の鉄道研究サークル(鉄研)が各々取材した払い下げ車両のレポートを競うというもの。

各地方の鉄道に東急を初め、都営地下鉄などの車両が払い下げられ、今尚現役で走っているものを紹介していた。

車両を見るだけで「○○型」や「○○系」だと言い当てたり、その特長について披露するあたりは、さすが鉄道マニアというところですが、何よりも驚いたのは、特定の車両(○○線の)だというのを知っていることだった。

南田裕介(ホリプロのマネージャー)の筋金入りの鉄道マニアには、恐れ入ったが、この人を見るにつれ、その楽しみ方やこだわりようは、大学の研究者のそれとほぼ等しい。
いやこのこだわりこそ、ある意味深の研究者であるということを再認識させられた。
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2009年12月12日

キヨスクって面白いかも。。

語源はトルコ語で「あずまや」のことらしい。
本来の発音はキオスクであるところを当時の国鉄が「清く」に掛けてキヨスクにしたらしい。
コンパクトで機能的なレイアウトには関心される。
誰か研究している人がいるのかな?
調べてみようかな?
posted by ka28+ at 00:00| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | ケンチクの材料 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年11月10日

タモリのこと。

タモリ倶楽部やブラタモリについて
タモリ倶楽部はマニアックなプログラムで定評があるが、なかでも
古地図をもって街を探索するシリーズは必見です。
いろんな目的でいろんな物が紹介されるが、コンセプトは街歩きで
地形や環境を楽しむというもの。
このスピンオフをNHKが切りとったものが「ブラタモリ」になっている。

まさに趣味人の典型。元祖オタクの師匠。研究者の原形がここにある。
必見の番組であることは間違いない。
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2009年06月25日

所有権と使用権

[所有権]と[使用権]

街を歩いていると、特に住宅地では、一つずつの区画がはっきりしていることに気がつく。
つまり、一戸建ての敷地には、生垣や塀、ネットフェンスで囲いが例外なく設えられている。
多分、一生の買い物のため、財産を明確にすることと、その財産を他者から切り離し、しっかりと守ることが目的だと思われる。
不動産というからには、他者が勝手に持ち去るということは考えにくいから、盗難ではなく、その場所を「勝手に使えなく」していることが目的なんだと思う。

つまり、その土地の「所有権」=「使用権」ということに表れだ。

この二つの権利が、全くズレずに一致していることから、住宅地の風景は、ある意味きれいに秩序だっているように見える。

視点を変えて、いわゆる下町(長屋やアパートなど)の風景はどうだろうか?

一見雑然としているが、生き生きとした風景を醸し出している。
先の整然とした風景に比べると、無秩序のようにも見えるが、暗黙のルールがって、バランスが取れた状態を保っている。

所有権がないからかもしれないが、「占有権」と置き換えると、この様子と「使用権」がややズレを伴っているといえる。

ぎすぎすした人間関係は、どうもこの町並みと相関関係がありそうだ。
posted by ka28+ at 04:21| 大阪 曇り| Comment(0) | TrackBack(0) | ケンチクの用語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月19日

科学の力


本当に怖い作品でした。

<ネタばれがありますから注意してください。>

「ネット上での匿名性があおる恐怖」という設定は、今も含めて実感しますが、「画面(モニター)の向こう」側にある事実は、いわゆる「対岸の火事」ということじゃないかと考えました。

それなら、今も昔も変わらない。「こちら側にある恐怖」は嫌だが、「あちら側」つまり危険が及ばないと平気である。
むしろ「他人の不幸は面白い」とばかりに、群がる「野次馬(根性)」であり、「高みの見物」である。


昔から誰にでもある心理や、毎日・毎朝繰り返される「覗き見の癖」が、こんなことを引き起こさないとも限らない。

「原子力」が有益な科学の発明であると同時に「爆弾」を生み出してしまうたことを知っているが、そんな可能性を持ち合わせていることを分かろうとしないこと。

「インターネット」は便利でなくてはならない存在になってしまった現実と同時に、こんなことを引き起こすかも知れない。

臭いものに蓋をしたり、誰か任せで規制をかける前に、少しでいいから考えてみようということ。

続きを読む>>ストーリー
posted by ka28+ at 04:56| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 知っていたほうがいいよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月10日

「かわるもの」と「かわらないもの」

世の中の道徳や価値観は、「変わるもの」って思っていますが、その進行速度が大きいと、突然「変わらないもの」への憧れが大きくなるものかもしれない。
そもそも、人の世や世界なんて「変わる」から面白いと思っている人にとっては、「変わらないこと」は退屈でしょうがない。

かの昔、「建築家」は様式を正確に記憶し、記述(実行)できる事がその価値基準だった。つまり、「建築」は「変わらないこと」に価値があった。
その「変わらないもの」の代表物が,最近では「変わる」事を目指している。しかし、なかなかこの「建築」ってものは「変える」ことにたいして「不具合」に出来ている。
むしろ「変える」ことの出来ないことが「建築」の指名であり、役割であるような代物だから手に負えない。

さて、「変わるもの」と「変わらないもの」の先には何があるのだろうか?
posted by ka28+ at 00:00| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ケンチクのネタ・ちょっとした話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月08日

町屋「まちや」

町家(ちょうか、まちや)とは、主に京都の職住一体型の住居形式のことをさす。(特に区別して「京町屋」ともいう。)
特に江戸時代から昭和のはじめ頃までに形成された、商家(しょうか、商いの場や仕事の場を兼ねた商人や職人の家)の街並みをさし、日本中の城下町に存在する。

住居としてみる場合は、民家の一種であり、町家と書くことが多い。ただし歴史的には、「店屋」と書いて「まちや」と読んでいた

建築様式としては「町家造り」と呼ばれる。
「まちや」と読む場合は町屋とも書く。店舗としてみる場合は町屋と書く。

町屋は宿場町にもあったが、特に城下町でこれが形成されることが多く、武家屋敷と対比をなしていた。


町家の立地する敷地は、間口が狭く奥行きが深いため、「うなぎの寝床」と呼ばれる。

これは、江戸時代頃に町費が間口に応じて決められたためであるとする俗説が流布しているが、これは誤りであると思われる。遺構調査などによると、少なくとも鎌倉時代までに、この特徴的な区画割が行われていたようで、街路に面して最低間口5m前後で物理的に整然と分割されていたようである。
つまり、商家であるため、平等とは言わないまでも、出来るだけ均等に分割しようとした結果と考えるのが妥当であるといえる。
posted by ka28+ at 05:44| 大阪 晴れ| Comment(0) | TrackBack(0) | 知っていたほうがいいよ! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月02日

「旅」という建築見学

そもそも旅行とは、「人が徒歩もしくは何かしらの交通手段を用いて、空間的、物理的に移動することである。」(WIKIPEDIA)
その中でも、観光地や行楽地などへの「観光」は買い物、通勤や出張などとは区別される。
さらに、一般的に「旅行」と言う場合は、「観光」を指す場合がほとんどであるらしい。
つまり、何がしかの目的物があって、それを「見に行く」というもので、「観光」の語源の中に「その国の光を見にいく。」ということがあるくらいである。
もちろんその過程を楽しむことも含まれるが・・・・
少し強引に言い換えると、「その場所」つまり「環境」を見に行ったり体験したりすることに相違ない。

そこには名所旧跡や観光資産があり、その多くは遺跡や建物の場合がほとんどではないだろうか?

その昔、自由に移動がが許されなかったころには、人は宗教的な巡礼、神社仏閣への参拝を理由に旅をすることが多かった。
日本では、西国三十三箇所、四国八十八箇所巡礼など、ヨーロッパでは、キリストの聖杯、聖遺物、やその使徒のだれかれの遺物が安置されているといわれる大寺院、修道院への巡礼が盛んに行われた。(WIKIPEDIA)

やっぱり「旅」の行く先には「建築」が必ずあったはずである。

「建築A」と「建築B」・・・+「建築W」=「旅」ということも言える。
もっと強引に・・「旅好き」=「建築好き」ということ。
ならば「建築」のことを知ればおのずと「旅」はもっと楽しくなるはず。
posted by ka28+ at 16:23| 大阪 | Comment(0) | TrackBack(0) | ケンチクのネタ・ちょっとした話 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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